フライングゲット
気温が急激に下がり、冷たい風が街中を疾駆する冬のある日。性欲を持て余したウサこちゃんは、バイト帰りに風俗街に繰り出すことにした。
“この街には”様々な人種の人がいた。
片言の日本語で「ナミイッチョ!!!」とオーダーを繰り返す松屋の店員、童顔のぼくには決して声を掛けてこないキャバクラのキャッチ、聖書を持って微笑んでくる怪しいマダムたち。
そして華やかな歓楽街を歩くだけで雰囲気を盛り下げる、童貞陰キャのぼく。
性的サービスを受けに行くことに対する羞恥心からか。それとも周囲で騒ぐ陽キャの集団に狼狽しているからか。この街の人間や建物に対して、別世界の物のように畏怖している自分がいた。
スクールカースト最下位常連のぼくにとって、パリピが多く賑やかな歓楽街は性にあわないのかもしれない。
さて、そんな下らないことを考えているうちに、お店が入る建物に到着した。
一旦入口の前で立ちどまったぼくは、ネットで店の情報を用心深く再確認する。そして5分ほどで綿密なリサーチを終えたぼくは、緊張しながら忍び足でエレベーターに乗り込んだ。
そして、陰キャ1人を乗せた少し古めのエレベーターは、ゆっくりと階を重ねながら上昇し、間もなく店がある階に到着した。無機質な女性のアナウンスと共に目の前のドアが開き、ぼくは店内へ足を踏み出した。
すると
「いらっしゃいませ~!!女の子ですかぁ〜~??!w」
と、緊張していたぼくを煽るような騒音挨拶が耳に入り込み、鼓膜を凌辱するようにかき乱した。
元々現実にあるはずの意識が、もう一度現実に引っ張り戻されたような心地がして目の前を見ると、
ハライチの澤部にそっくりな店員が、ぼくに"挑戦"するかのような笑みを浮かべながら、こちらの様子を伺っていた。
ここで舐められてはいけないと思ったぼくは
そんな澤部に対してぼくは冷静さ見せつつ
「ええ、まあ」
と、キャ〇オくんがしたような、いかにも行き慣れてます風の余裕を繕ってみせた。
すると澤部は
「ご指名はございますかぁ〜〜??!!ww」
とぼくをますます煽り立ててきた。
思わず拳が出そうになった。
ぼくは湧き出た怒りを抑えながら、澤部から受け取った指名パネルを仕方なく覗いてみた。
確かにそれは、女の子の名前や写真が載っている、いたって普通の指名パネルだったのだが、唯一おかしな点があった。
写真に写った彼女たちの目から下には、白いモヤモヤがかけられていたのだ。
突然だが、みなさんの中学や高校には、1年中マスクをしている”ニコ生主”みたいな女子がいなかっただろうか?
学年に一人は絶対いたはずだ。
彼女の目元は確かに可愛いのだが、果たしてマスクを取っても可愛いのだろうか。
可愛いわけがない
マスク女子は99.9パーセント、花粉アレルギーや何かしらの慢性疾患である者を除いて、顔面土砂崩れである(炎上案件)
容姿が優れているもしくは普遍的であるという自信や自覚があれば、マスクの着用に過度に固執し、暑苦しい夏場もマスクの着用を続ける必要はないだろう。
策略家である彼女たちは
「人の脳は、隠れて見えない部分を想像で補完する」
という性質を利用し、我々の前で"偽りの美少女"を演じるのだ。
昼休み、お弁当を食べるために渋々マスクを外した彼女を見た君たちは、異様に大きなたらこ唇や団子鼻を目にして、残念な気持ちになるかもしれない。
しかしだからといって、
我々がマスクで欺かれたからといって、彼女達を責めるべきではない。
彼女らのマスクの下に広がる"楽園"を"勝手に"想像し、現実とのギャップに勝手に失望する方が、はるかに理不尽で罪深いからだ。
・・・なんて、芭旺くんにチンゲが生えた程度の哲学にふけっている場合ではない。
事前に予約をして来なかったぼくは、この中で一番早く案内出来る子を澤部に聞いてみることにした。
すると澤部は、目元が上戸彩に似た子を紹介してくる。プロフィールによれば彼女は新人らしい。
しかしこの時、頭を使わずチンコで物事を考えていたぼくは、先ほど述べた「マスク哲学」をアナルの片隅に追いやっていた。
目元だけでは信用に値しないことは分かっていたのに
分かっていたのに…
「え、別にヤれればよくね?笑」
と、ぼくの中の渡〇陽太に後押しされ、上戸彩を指名することにした。
澤部にお金を払い番号札を受け取ると、カーテンで仕切られた待合室に通された。
待合室の中には赤い自動販売機やテレビが置かれていて、壁には店のお約束事
(女の子のチェンジ禁止・嬢の嫌がることをしない等々)
が赤い太字で書かれた紙が貼られていた。
室内をキョロキョロと見渡しつつ、待ち時間がもう少しあるようなので、ぼくはトイレへ向かうことにした。
トイレで用を足した後、洗面台の前で備え付けのマウスウォッシュを口内でグチュグチュとかき回して吐き出した。
そして、もうすぐやってくる上戸彩ちゃんにウキウキしながら前髪を整えご対面に備えた。
ふと、鏡の前の自分が少し笑顔になっているのに気づいた。客観的に見ればキモオタスマイルニチャアなのだが、その日のぼくは普段よりも良い顔をしていたと思う。
そしてトイレから戻り
ディズニーランドに来た時のようなワクワク感を味わいながら待合室で引き続き待っていると、澤部が自分の番号を呼びに来た。
ぼくは椅子から立ち上がり、「はい!」と爽やかな返事をした。ようやく京葉線の舞浜駅に着いた気分だった。
そして、
「行ってらっしゃ〜い!!!」
という澤部の元気な掛け声と共に、”アトラクション”に続くカーテンが開かれようとしていた。
その頃には、既に澤部のウザさがあまり気にならなくなっていた。彼は多分、場を盛り上げてくれるタイプの人間なのだ。
就活で定番な潤滑油のような人間とは別で、皆を楽しませる花火のような人間なのだと思う。まさにキャストの鑑だ。
ありがとな!澤部!お前ともしばらくのお別れだ!店を出る時にまた会おう!元気でな。
ぼくは心の中で澤部に感謝していた。向こうも風俗デビュー間近のぼくを激励してくれていたに違いない。
そして同時に、カーテンの下からはぼくと遊んでくれる”ミニー”の白い足が少しだけ見えていた。
そんなささやかなチラリズムは、ぼくの期待と股間をますます増長させてくれる。
ぼくはカーテンの向こうでこれから始まる”テコキトリカルパレード”に思いを馳せた。
そして、夢の国へのゲートが開く・・・
ナーナナ~~~~wwwwwwwwwwナナナナーナーナ~~~~wwwwwwww!!!!!!!wwwwww
??????????!!!!!!!!!!!!
思わず顔を正面へ向き直すと
キンタローに似た女がこちらを見て微笑んでいた
「あ…」
・・・・・・ 末摘花の素顔を初めて見た光源氏も、同じ気持ちだったのかもしれない。
光源氏の顔面を100発殴っても似つかないくらいブッサイクなぼくの顔面は、女の子の発注ミスが起こったせいで余計奇形さを増していた。
そんな動揺するぼくの前で
「こんにちは、萌々香です。お願いします」
と、キンタローもとい萌々香ちゃんは自己紹介を始めた。
「あ、よろしくお願いします…」
それに返事を返すぼくの声は、少し掠れていた。
あ…
待ち時間に読んだお約束事の紙に書かれた
「女の子のチェンジ禁止」
という赤い太字が脳内をよぎる。
(こういうことか…)とクソみたいな伏線を回収せざるを得なかった。
だがしかし
ぼくはそれでも
高い金を払ったんだからこの時間を楽しもうと割り切り、キンタローとのおしゃべりに期待した。
しかし彼女は、いくら話題を振っても
「へ〜笑そっか〜笑」
しか言わないヘソカさんだし、おっぱいを弄っても感じたふりすらしてくれないマグロさんだった。
そしてなにより、彼女はワキガだったのだ。
シャワーを浴びたばかりのはずなのに、彼女の脇や胸からは、カレー屋の換気口のようなスパイシィィーなにおいが漂って来た。
"においに負けてはならぬ"と彼女の乳首を舐め続けたが、自己主張強めなアポクリン汗腺とぼくの鼻が接触事故を起こし、鼻がもげそうになった。
とうとう我慢の限界を迎えたぼくは、彼女の脇を出来るだけ鼻から遠ざけようと下半身を攻めて貰うことにした。
すると、ぼくの注文通りキンタローは男性器を口に含み、ジュボジュボといやらしい音を立て始めた。
お喋りは下手くそなくせに、フェラチオはそこそこ上手いという、口使いのクオリティの差に困惑しつつも、ぼくは性器を上下に流れる性的快感に酔いしれていた。
それがしばらく続いた後、キンタローは顎が疲れたのか今度は手コキにチェンジ。店内で流れる”川崎ドリフト”のリズムに合わせてキンタローが繰り出してくる手コキは正直気持ち良く
「ヘーイ!!!!泥水からシャンペエエエン!!!」
のところで、カルピスサワーをぶちまけてしまった。
しかし大金払って獲得した賢者タイムなのに、なんだか重苦しい気分だった。
悲しいし悔しいし脇臭い。
・・・・・・行為後キンタローと一緒にシャワーを浴びながら、再びピロトークを試みた。
🐰「新人って書いてあったけど、入店して何日ぐらいなの?」
「1年目」
🐰「あ、そうなんだ〜、じゃあ結構慣れてるんだね〜」
「うん」
うん!!!!笑
ヘソカさん相手だと会話のキャッチボールは成り立たず、彼女の素っ気ない脈なし返事を受け、ぼくの残念なトーク力はあっさり在庫切れを起こしてしまった。
そして、ぼくの内側から突如として湧き出た
フライングゲット・・・
という懐かしい決めゼリフに集約された極度の虚しさは、ぼくの心を乱雑に締め付け、地べたに叩きつけるように痛めつけてきた。
彼女はまだ体を洗うと言うのでシャワールームから一足先に出ると、換気が不十分なせいで部屋の中がむっと暑苦しかった。シャワー後の湯気が体にしつこくまとわりついてきて少し腹が立った。
ぼくは冷静にならねばと早々に店を出ることにした。
表通りに出ると、寒風に吹かれてやって来た寂寞の思いを胸に抱いた陰キャラが、1人で駅に向かっていた。
世間はもうすぐクリスマスだった。
もうしばらくこの街に居座るであろう冬の寒さと先程の悲劇が、ぼくを余計にセンチメンタルな気分にする。
てか新人って書いてあったのに1年目ってどういうことやねん…。